秋田花まるっグリーン・ツーリズム推進協議会ブログ

八峰町 季節ハタハタ 到来!

  今年も来ました!季節ハタハタ!!

わたしの祖父は、ハタハタの稚魚を育て海に還す仕事をしていました。
あの3年の自主禁漁の間、祖父は仲間と共に、
水槽で孵化する何万匹もの小さなかわいい稚魚を目の前にしながら、
秋田の海に再び大漁のハタハタが、群れを成し戻ってくる姿を夢見ていたのかもしれません。
解禁から今年で15回目の冬。おじいちゃん、今年もハタハタの季節がきたよ。

 

八森漁港へ

12月4日(金)、「来たぞ!季節ハタハタ」の文字が躍る朝刊を握りしめ、
山本地域振興局の伊勢谷さんと川村さんと共に八森漁港を目指す。
海沿い育ちのわたしも、この時期漁港に行くのはこれが初めて。
しかも待ちに待った季節ハタハタ到来のニュースに、
当の港はどれほど活気づいているものか、と私の気持ちも高ぶっていた。
県漁協北部総括支所 支所長の村井さんにご挨拶に伺うと、
これから入札を行うというので、さっそく見学させていただくことにした。

ハタハタの入札

およそ10畳ほどの小さな一室で、
白い紙を持ってあぐらをかいて座る漁港の担当者を中心に、
30人ほどの仲買人たちが円になって座っていた。
だいたい競りと入札の違いもよく分からない素人のわたしである。
どんなものなのか興味津々でその時を待った。
午前10時ちょうど。
入札を取り仕切る担当者が「いぐぞ。」と威勢よく声を上げた。
「300コ ○○ 412」、「200コ ×× 457」などと暗号めいた言葉が続く。
何を言っているのかさっぱり理解できず、淡々と進むその光景に、
「これはもう始まっているのですか。」と
思わず村井さんに尋ねてしまったくらいである。
村井さんが、その暗号の解読方法を教えてくれた。
「最初の300は箱の数、次が仲買人の名前、最後の412はキロあたりの値段です。」
つまり、翻訳すると「キロ412円を付けた○○さんが、300箱ゲット。」となる。
あらかじめ希望の値を申告し、ここで獲得者が発表される仕組み。


みな必死でメモを取りながら、その声に一喜一憂。
中にはその場で取り分を交換する業者もいた。入札は10分ほどで終了した。
即座に品をトラックに運ぶ業者もあれば、携帯電話でどちらかに連絡をとる者もいる。
想像していた競りとは一味違う、珍しい漁港の一場面を思いがけず味合わせていただいた。



ブリコ抱えてやってくる“季節ハタハタ”

↑漁船に積んできた網をトラックにあげる。
ハタハタ漁は、主に「沖合底引き」(主に9月11月)と
「沿岸定置網」、「沿岸さし網」(12月)などがある。
(定置網よりも網が小さく、移動可能な「わかべ網」という漁法もある。)
中でも、わたしたち秋田県民がその到来を待ち焦がれているのが、
11月下旬から12月上旬、水温が12度を下回った頃、
沿岸にある藻場に産卵のためやってきて、
「沿岸定置網・さし網」で引き上げられるハタハタであり、
これを区別して(親しみを込め)“季節ハタハタ”などと呼んでいる。
プリプリ、そしてちょっぴりヌルッとした口当たりのブリコ(卵)と、
淡泊な白身のバランスが抜群にうまいハタハタだが、東京など関東の人は好まないという。
そのため、水揚げされたそのほとんどが県内で消費される。
秋田県民のためだけにやってくると言っても過言ではない、
まさに「県の魚」に相応しい魚なのである。

ハタハタの網外し作業


↑暖かな日差しの中、船着き場に網を広げ手早く魚を外していく。
この時期、港のあちこちで、魚を網から外す人々の姿が見受けられる。
漁港の一角の小さな小屋にも、
10数人の老人たちが集まり、車座になって作業に精を出していた。

 
ブルーシートの上には、まだ魚のついた網が一面に放り出され、
手近なところから一匹一匹丁寧に網から外していく。
網外し歴およそ10年という女性は、エラにひっかかった網を外すのが
一番難しいのだと教えてくれた。聞くとみなキャリアは10年以上。
よその地区から手伝いに来ている人もいるという。


「こんなに天気のいい日は珍しい。いつもはもっと寒いよ。」と
話す男性の顔からは笑顔がこぼれていた。
海が時化て、その嵐と雷鳴と共にやってくる
といわれるハタハタ。いつもより暖かい今年は、
作業をする人々の気持ちも少しばかり穏やかなのかもしれない。

昔懐かし 木船

県北の独特の光景がある。定置網漁に使う木船である。
海上では木船のほうが安定して漁がしやすいという理由で、
未だにこの木船を愛用している漁師も少なくない。
かつては港いっぱいにこの木船が並び、漁に出ていた。
ブナやナラの木で巧みに作られた木船は、
大漁を誇ったかつてのハタハタ漁には欠かせない存在だった。
しかし、木船を作る職人はすでに姿を消してしまっているという。
壊れては自分たちで直しを繰り返し、大事に使い込まれたその船には、
ここで生きていくと決めた、ハタハタ漁師たちの心意気が詰まっていた。

守り育てる 秋田の海
平成7年の漁解禁以来も厳しく守られてきた漁獲量。
すべては、秋田の恵みの海を守り、後世に残していくため。
ハタハタは、ふるさとの味としてだけでなく、
多くの秋田県民が慈しみ守り抜いてきた、郷土の誇りの表れなのである。

決められた漁獲量に達するまで、およそ2週間足らず。
今年の最盛期も今月15日頃までだろう、と村井さんが教えてくれた。
待って待ってようやくやってきたハタハタの季節。
昼夜を惜しまず漁に勤しむ漁師たちとその帰りを陸で待つ人々。
互いの役割と秋田の海に生きる者としての誇りを携え、この一時にすべてをかける。
熱い秋田の冬がやってきた。

ちなみに、村井さんに「八森と男鹿はどっちが本場なんでしょうね?」と水を向けると、
「もちろん八森。本家です。」ときっぱり。血筋が違うのだという。
でも、男鹿の人に聞いたら「男鹿です。」って言うのかもな…
                                   県北担当 やっつ

2009年12月6日03:52 | 県北情報 | Trackbacks (0)

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