秋田花まるっグリーン・ツーリズム推進協議会ブログ

北秋田市 内陸線魅力再発見の旅 阿仁合駅編

前項の内陸線沿線集落 散策路策定ワークショップの
上桧木内駅と同時開催されたのが、阿仁合駅。
今回は、その様子を県北担当のやっつがご案内します。

あらかじめ準備されたモデルコースは、お寺巡りコースと湯口内街道コースの2つ。
わたしは、お寺巡りコースに参加しました。

◇お寺の町・阿仁合
北秋田市阿仁合(あにあい)は旧阿仁町の中心地であり、江戸時代から鉱山の町として繁栄を極めたところ。
当時外国から技術者を招いた際に使用した「異人館」が、国の重要文化財に指定されています。


一般的に鉱山の町として知られる阿仁合ですが、
実は、神社仏閣が集まるお寺の町でもあります。
集落内には5つの寺と2つの神社が密集しています。
その昔、阿仁合には多い時でおよそ2万人が暮らしていました。
これは、現秋田市の人口がおよそ3万人と言われた時代。
神社仏閣の多さは、鉱山を中心に、この町がいかに栄えていたかを物語っていると言えます。

◇子宝にご利益「歓喜天」
そのひとつに「長福院」という寺があります。

長福院は佐竹藩の祈願所とされたお寺。
中には3体の仏像が安置されており、うち一体は、
高さ30cmくらいの扉がついた木の箱に大切に保管されていました。
他の仏像とは少し離れて置かれたその箱の扉をそっと開けると…。
まっすぐに正面を見据える4つの大きな目。
長福院に伝わる「歓喜天」です。
黒光りした2体の天狗(と思われる)が、互いの体をしっかりと繋ぎ合い、
その顔は、頬を寄せ合って正面を向いています。
「歓喜天」は、子宝のご利益を与えてくれる仏様とされ、
その昔、子供を授かりたい人は、これを誰にも見られないようにそっと持ちだし、
子供を授かるとまた元に戻したそうです。
時が流れ、今ではその風習も影をひそめ、
地元の人の中には「歓喜天」の存在を知らない人もいるといいます。
女である私には興味深くも非常に衝撃的で、しかしその醸し出す空気には、
深く祈り入ってしまうような厳かさがありました。
そっと扉を閉じたときなんとなく安堵したのは、あの仏像に込めた何百人という人々の想いの強さが、
私には少し強烈だったからかもしれません。(怖じ気づき写真を取り損ねてしまいました。)

 
この日は、とても穏やかな秋晴れの一日で、銀杏や楓の落ち葉が地面を鮮やかに染めていました。
町のそこかしこで、木漏れ日がやさしい空間を生み出しています。
コースではこのほか、鉱山を最初に発見したという言い伝えのある
大阪の商人・高岡八右衛門の墓(善勝寺)や、
阿仁出身のプロレタリア文学作家・安成二郎の歌碑などが組み込まれています。

◇田舎料理でおもてなし
およそ2時間の散策の後は、地元の田舎料理。


 
なめこと柿のみぞれ和えやゼンマイの煮付け、ご飯は地鶏でとった出汁で炊いた炊き込みごはん。
おなかはちょうどいい空き具合。
主催者側から地元のお母さんたちに「普段の食べているものを。」というお願いをし、
このモニターツアーのために特別に作っていただきました。
この料理も、今後来訪者に定期的に提供できるか検討を重ねるそうです。

お天気のいい日には、阿仁合駅で下車し電車を一本遅らせる、
なんてお出かけもいいかもしれませんね。
やっぱりその土地の良さは歩いてみないとわからないものです。
いっきに阿仁合のファンになった一日でした。
                              県北担当 やっつ

2009年11月7日01:36 | 県北情報 | Trackbacks (0)

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