米づくりの村 母の面影 田んぼの学校 過酷な労働 実りの秋
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Life of village 3
 農家の食事は、ご飯をできるだけ多く食べて、おかずは畑で獲れたわずかな蔬菜ですますことが必要だった。たまには゛ご馳走゛といって、薪やワラを売ったお金で魚を買うこともあった。
 娘の教養とは、和裁を覚えることであった。農家の嫁入りとは、゛家゛に嫁ぐことであった。結婚式や葬式は親類や部落の人々が集まって飲食を共にする場であって、その規模が家の格式を決めた。

 作試しの餅・・・大晦日の晩、臼伏せの行事に使われる餅。小型の丸餅を3個、一升枡に米を一杯入れ、丸餅には早稲、中稲、晩稲と墨書してその上に上げ、衣服を正した主人が新ムシロの上に枡をあげ、その上に臼を伏せる。翌朝、臼をあけて餅の底をあらため、米粒が多くついている稲が、その年の豊作の稲であるされる。

 稲の栽培技術が発達していなかった時代には、こうした稲作占いは農家にとって重大な行事であった。右の写真は、1年間お世話になった農具に感謝し、餅を供えたもの。もちろん、馬や牛などにも供え、過酷な労働の苦楽を共にした全てのものに感謝を忘れなかった。
当時作る餅は、お供え用の鏡餅、神棚にあげる餅、若水を汲む桶に入れる餅、作試しの餅、地蔵の餅、馬の餅、牛の餅、道具の餅、マユ玉など、たくさん作った。 懐かしい囲炉裏の上には、火棚、自在かぎには湯釜が吊るされている。火棚の下にワラで作った弁慶が吊るされ、串に刺した川魚を燻製にした。当時は、全て囲炉裏を中心に暮らしていた。
嫁入り・・・当時はほとんど家で行われた。嫁入りの時、足袋を脱いで足を清めた。 刈り取った田んぼ、嫁入り道具を6台のリアカーに積んで砂利道の農道を運んでいる。
披露宴は、村人たちが皆見物にきた。「エエヨメコジャ、ホオー」などと声をかけて、嫁ほめをした。 華やかな舞台裏を支えた女性たち・・・
ドブロクづくり。かつては、朝からドブロクを自在かぎに吊るした口付き鍋に入れて燗をした。 お針の稽古をする娘たち
なつかしい車井戸。ふるさとの水は美味かった。 姑が入らない新婚夫婦の安らぎのいっとき。夫が奥さんの毛糸巻きを手伝っている。
 囲炉裏にいる主人を、馬の二頭が眺めている。まるで主人と会話しているような瞬間だ。家畜も人間も家族の一員という考え方がストレートに伝わってくる。

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