米づくりの村 母の面影 田んぼの学校 過酷な労働 実りの秋
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School of the rice field
小さくとも貴重な労働力として認められた。
田んぼは、もう一つの生きた学校だった。

当時の小学4年生の作文「いねかり」

おとうさんとおかあさんだ
カバンをおさえて いっさんにかける
「強子」ととおくの方から
とうさんとかあさんの手がいなたばをあげる

おもわずにっこりする
私がいくと じゃ やすもうと どてに こしをおろした
あせとえがおで くろばんだかお
ごくろうさんと心のなかでかんしゃした
小学校高学年になると、大人と同じ作業に従事した。
お父さん、お母さんと一緒になって、土を耕し、稲を植えた。
右の写真:手前の子供は、犬の毛皮を背に、
奥のお母さんはワラで作ったケラを着ている。
とにもかくにも、みんなよく働いた。

 スズメ追い・・・夏になるとスズメ追いの小屋が方々に建つ。毎年、北海道から渡ってくるスズメは、何千何万と群れをなし、稲を食い散らかし、おびただしい被害をもたらした。
 スズメ追いは、写真のとおり、お年寄りと子供の仕事であった。鳴子やブリキ缶を、田んぼに張り巡らした縄に吊るして、けたたましい音でスズメをおどした。年寄りは、その合間に針仕事をした。
母ちゃんが野良に出ている間は、家事の手伝いもした。 子だくさんは、床屋代もバカにならない。男の子の散髪は兄の役割。
雪に覆われた田んぼ、遠くに堆肥の山が見える。子供たちは、その堆肥を運ぶソリで遊んだ。引き手は、往復交替がルール。 メンコ遊び
水路では、たくさんの生き物たちが棲んでいた。網でフナやドジョウ、コイ、ナマズ・・・を捕った。魚捕りは、単なる遊びではなく、家に帰ると食卓を飾った。子供が手にしているのは、イモリだ。 囲炉裏を囲む兄弟4人。弟は、夢中でオニギリをほおばる。兄は、模型飛行機に夢中だ。
中学校に通うころは、すでに一人前として扱われた。

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