奥森吉・ノロ川源流桃洞沢~黒石沢源流(北秋田市)
 森吉山(奥森吉)ノロ川源流は、桃洞の滝までが一般的だが、核心部はその滝上の源流部一帯である。特に錦繍の衣を纏った桃洞渓谷は、まさに別天地・・・まるで桃源郷に迷い込んだかのように美しい。ただし、桃洞の滝より上は、渓流シューズ・渓流足袋又はスパイク付き地下足袋・スパイク付き長靴、そして常に現在地を確認するための地図と磁石が必携である。
コース概略(MAPはカシミール3Dで作成)

クマゲラ保護センター桃洞・赤水分岐桃洞の滝
(注)桃洞の滝までは初級コースだが、これより上流部は中級コース。
スパイク付のシューズ・地下足袋が必要。

中ノ滝男滝桃洞沢源流稜線登山道桃洞の杉原生林高場森900m黒石林道

 

 桃洞渓谷は、奥森吉野性鳥獣保護センター又はクマゲラ保護センターが起点。クマゲラ保護センターから桃洞・赤水分岐まで約2kmの散策路をのんびり歩く。
 10月中旬ともなれば、朝夕の冷え込みが日増しに厳しく、ブナの森も峰から谷へと錦秋の衣を纏っていく。気温も2度と冷え込みも極端に厳しく、軍手をはめていても手がチクチク痛くなるほど寒い。ときおり暗いブナの原生林に強い朝陽が射し込み、薄っすらと色付いた森が異様な輝きを放つ。
 平坦な地形に広がるブナの原生林は見事。クマゲラが生息する森の素晴らしさを改めて実感させられる。沢には木橋、湿地には木道、斜面には木の階段など、よく整備され、老若男女誰でも気軽に歩ける。ただし、それは桃洞の滝まで。
 標高600mに広がる森は、ブナ、ミズナラ、トキノキ、ヤチダモなどが群生する極相林を形成している。残念ながら、黄葉には一週間弱早いようだ。しかし、源流部に行けば黄葉真っ盛りでは・・・。
▲桃洞沢と赤水沢分岐点(620m) ▲光と森のシャワーを全身に浴びて快適に歩く。重い荷を背負っていても汗一つかかなかった。
 苔生した木の階段を登ると、まもなく桃洞沢左岸の遊歩道に出る。穏やかに流れるナメの岩盤で歩き易い。冷たい流れに一際冷たさが伝わってくる。
 桃洞の滝まで唯一渡渉していた場所だが、今では丸太が並べられ、水に濡れることなく歩くことができる。ポンポン飛び跳ねる感じで渡る。
 右岸は、岩を削った遊歩道が続いている。岩盤はザラザラした感じで、歩き易い。連続する小さなナメ滝が続くと、まもなく桃洞渓谷のシンボル・桃洞の滝である。
▲桃洞の滝
 誰しもこの滝を見れば、自然の造形美に圧倒される。何と女性のシンボルにそっくりではないか。別名「女滝」とも呼ばれ、地元では「子宝の滝」、「安産の滝」として慕われている。
 左の写真は、桃洞の滝を夢中で激写するカメラマン。右は、左岸の岸壁に登り、自然の妙を上から下までなめるように、デジタルビデオで撮影する人もいる。
 夢中で撮影していると、ズックスタイルの女性集団がやってきた。「アラ~、そっくりだ。あゃ~どでんしたなぁ~」を連発。「男滝があると聞いたんだけど、どこにあるんだ」「この滝の上だよ。女性じゃ、男滝は簡単に見れるもんじゃないよ」
▲桃洞の滝左岸脇を登り滝上へ
 危ない岸壁には、岩を削った足場があり、楽に登ることができる。ただし下りは高度感があり、足場も見えないので注意が必要だ。滝上を歩くには、スパイク付きシューズ又はフェルト足袋が必携。どちらがいいかと言えば、スパイクの方が歩き易い。桃洞渓谷の核心部は、この滝上から源流部一帯である。
▲桃洞の滝左岸の岸壁を削った足場を慎重に辿り、小段を巻いて滝上に出る。 ▲滝上から下を望む。この高度感が堪らない。
 桃洞渓谷の素晴らしさは、清冽な水の透明度に加えて、延々源流部まで一枚岩盤のナメとナメ滝、様々な甌穴が切れることなく連続している点である。露出した緩やかな岸壁は、様々な縞状模様を描き、点在する低木林の紅葉は最盛期。青空に聳える尾根筋のキタゴヨウもまた美しい。特に、秋の陽射しにキラキラと輝く流れが印象に残る。
 遡行するほどに艶やかな渓谷美が展開・・・峰にはゴヨウマツ、岸壁の斜面には、黄色と紅に染まった低木林が燃えるような色彩を放っている。遡行する旅人は、神秘の造形美に奥へ奥へと吸い込まれていく。
 こんな渓谷美を鑑賞できるだけでも満足なのだが、ナメ滝シャワーのマイナスイオンを全身に浴びるオマケまで付いているから堪らない。なかなか治らなかった風邪もどこかへ飛んでいった。原生的な渓谷美は、誰しも抱くストレスと病を吹き飛ばす不思議な魔力を秘めている。
▲連続する小滝と釜
 思い切って斜め正面から射し込む逆光で撮影してみた。光と紅葉を映した流れが妖しいまでの輝きを放っているのがお分かりだろうか。何度飛瀑にカメラを向けたことだろう。ただただ感動の渓谷美に動物的にシャッターを押し続ける。
▲朝陽を一杯に浴びて流れるナメ滝群
 飛沫を浴びる岩盤には、薄っすらと苔が生え、岸壁の上部は錦の衣を纏ったように黄色と紅に包まれている。なるべく飛沫に近づき、マイナスイオンを全身に浴びながら撮影すると気分も爽快になる。
▲小段が連なるナメの階段
 甌穴は意外と深く、中には背丈以上の穴もたくさんある。余所見をしながら歩けば、深い甌穴にスッポリはまりかねない。それでも夏なら「いい湯だな」ですみそうだが、寒い紅葉シーズンは寒さで震えが止まらなくなるので注意。
 谷が狭まり、大きなナメ滝が懸かる斜面は、小さく高巻いて滝上へ。最初は滝の数をカウントしていたが、余りの多さにキブアップ。
▲青空に映える尾根筋の針葉樹と黄葉の美 ▲緩やかなナメの斜面。無数の星屑が輝きながら流れ落ちる様を眺めていると、身も心も洗われていくような快感を覚える。
▲右手から小沢が合流する二又
 雲一つない澄み切った青空と紅葉の美しさに、仲間が「感動した」を連発。なかなかこんなシャッターチャンスに恵まれることはないだけに、荷を降ろして右の沢へ。
▲支流九段の滝・・・スパイクシューズなら難なく滝上まで登れる。
▲中段から最上段の滝を望む
 一番上の滝、左側にはロープが張られていたので上って見たが、上流はまもなく細流となり藪と化していたのですぐに引き返す。
 これ以上ない秋晴れの陽射しを浴びて、逆光に輝く黄葉と穏やかに流れるナメ床を快適に歩く。これほど、ナメが源流部まで連続する渓も珍しい。まるで天然のせせらぎ舗装道路を歩いているような気分だ。言葉で表現すれば・・・身も心も爽快痛快、快適、感激、感動・・・の連続
▲トヨ状の滝  ▲お椀のように丸いナメ滝
▲緩い流れのナメ床一面を覆う苔の群落
 さしずめ「桃洞マリモ」とでも命名しておこう。20年近い水の旅を振り返っても、記憶にない特異な美しさだ。さらに流速が早いナメ滝の上部にもビッシリ苔が生えていたのには驚かされた。
▲中ノ滝
 滝の美しさより、周りの岩壁の奇怪な縞状模様に目を奪われる。不思議な「水の造形美」は圧巻である。
▲右の岸壁は、人工的に岩肌を削り取ったような奇妙な紋様に注目。 ▲中ノ滝中段下からフリーアングルのデジカメで撮影。
▲中ノ滝を越えると、桃洞杉が目立つようになった。 ▲まるで小さな天然堰堤のようなナメ滝。
▲男滝
 俗称「女滝」に比べ、この滝がなぜ「男滝」なのか?。ちょっと見ただけでは首をひねってしまう。「下の流れが白いフンドシに見えないか」「上の飛沫が射精に見える」などと勝手な解釈が始まった。右は、男滝下流の甌穴。落ち葉が大量に溜まり、深まる秋を感じさせる。
▲男滝左岸の壁を上る
 近づけば、さすがに男性的な壁だった。とてもザイルなしには上れないが、ここにも岸壁にボルトを打ち込み固定したロープがあったので快適に上る。
▲男滝の中段は、横に細い小段を伝って滝頭へ
 最後のフィニッシュもロープがあるのでラクラク通過。滝を上れば、確かに男性的な滝だった。
 落差の大きいナメ滝には、全てロープが張られていた。全くのど素人には無理だが、沢を歩いたことのある人なら誰でも完全遡行できる。それだけにぜひチャレンジしてほしい渓谷の一つ。それだけの価値はあると断言できる。今度はぜひ新緑の桃洞渓谷を歩いてみたいと思う。
▲全山燃えるような紅葉に染まった源流部
▲源流部に突入すると、次第に桃洞杉が目立つようになる
 標高が高くなると、一般に杉は姿を消すはずだが、この沢は逆に杉が目立つようになる。誠に不思議なことばかりだ。
▲底まで丸見えの清流・・・水面は紅葉を映し薄っすらと赤みを帯びて美しい
▲こういう甌穴は至る所にある。上ばかり見ていると、こうした穴に落ちかねないので注意。
 いよいよ水も少なくなり、桃洞渓谷も終わりを告げる。岩壁は柱状摂理が全く見られず、いきなり風化して砂と化すような岩質である。だから岩は皆無。渓谷と言えば、岩が点在しているのが当たり前の光景だが、この点だけみても不思議な渓谷と言えるだろう。小さな枝沢を上り、登山道がある稜線をめざす。
▲黄葉したブナが林立する登山道を歩き、高場森方面をめざす。 ▲途中、右ノ沢を詰めてきた沢登りパーティに出会う。東京から来たらしいが、キノコが全くわからないという。避難小屋に泊まるとのことだった。それじゃキノコ料理をと、ブナハリタケ一袋を分けてやる。
▲桃洞スギ原生林
 通常秋田スギは標高600~700m以下に分布しているが、桃洞スギは800~950mの豪雪高山地帯に分布する耐寒耐雪性品種として珍しいという。
 奥地の高山帯に分布する桃洞スギの原生林は、樹齢200年から300年前後。学術的・林業技術的研究の場として貴重な原生林として評価が高く、昭和50年、国の天然記念物に指定されている。左の写真は、一本の幹の途中から数本の幹が天高く真っ直ぐに伸びる典型的な桃洞スギ。
▲高場森から焼山、八幡平方面を望む。 ▲割沢森へ向かう途中から、山腹伝いの山道を歩き黒石林道へ抜ける。ブナの森も深くなり、風倒木も目立つ。
▲終点の黒石林道
参 考 文 献
「ぐるっと森吉山、改訂版」(宮野貞壽著、秋田魁新報社)
参考HP 
NPO森吉山ネイチャー協会